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中国・四国
ルポ

空、海、レモン。すべてが青い島(愛媛県上島町)

愛媛県北部に位置する、瀬戸内海の25島で構成された町・上島町。もともとは4町村に分かれていたことから、商業、農業、漁業など、島ごとに特徴があり、また弓削島、生名島、佐島の3島は連絡橋で結ばれているので、各島を車で行き来することで、日常生活は町内で完結する。(岩城島と生名島も2021年に結ばれる予定)

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また上島町は、愛媛県に属する一方で、瀬戸内海のちょうど真ん中に位置することから、古くから四国地方と中国地方、両方との結びつきや交流が深く、広島県の因島や三原市、愛媛県の今治などとも連絡船で結ばれている。

特に生名島と因島はわずか300メートル、連絡船で3分足らずとまさに目と鼻の先の距離であり、また1日約60便が運航されているため、因島まで買い物や働きに行く人も多く、完全に生活圏の一部となっている。

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一方で、因島をはじめ周辺の島々は「しまなみ海道」として本州・四国間が連絡橋で結ばれたことで、最近は多くの観光客が押し寄せるなど、開発が進められているが、上島町は海道から外れているため、自然はもちろん、古き良き情緒や文化といった島本来の良さが今でも残っている。

 

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そんな上島町の主要島の一つ・岩城島は「青いレモンの島」として有名だ。

レモンと言えば黄色と思い込んでいる人も多いと思うが、実は完熟前のレモンは青い。黄色のイメージが定着しているのは、従来国内で流通していたレモンのほとんどが輸入もので、日本へ輸送されて来るまでの間に黄色くなってしまっていたのだ。

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1980年代頃から国内でも本格的にレモン栽培が始まり、いまでは瀬戸内が有名だが、その起源は実は岩城島だ。愛媛県立果樹試験場岩城分場長として赴任した脇義富(わきよしとみ)さんが、「この土地で何が出来るだろうか?」とレモンを始めたのがそもそもであり、その後「似たような環境だから、うちでも出来るだろう」と周辺地域に広がっていった。

「このエリアは、中国山地と四国山地にはさまれていて、雨雲がちょうど山で遮られるため、日照時間が長く、非常に温暖な気候です。またルート的には台風の通り道ですが、同様に山で遮られるため、台風の被害も実は軽微なのです。」と、地理的にレモン栽培に適した環境であることを、上島町 総務部 企画政策課の小林宜貴さん(写真)はこう説明する。

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そんなレモンに惹かれて、2003年に移住してきたのが古川泰弘・由希子さんご夫妻(写真)だ。二人とも京都で生まれ、20代までは都会生活を楽しんでいたが、30歳を過ぎたころから「このまま人生を終えるのはつまらない」という想いが募るようになり、移住を決意。

島暮らしをしたいと、当初は沖縄の離島なども考えていたそうだが、文化や風習の違いから断念し、知り合いがレモン農家をやっていた岩城島へ移ることにした。

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移住してきたばかりの頃、高齢の農家さんが、収穫した蜜柑(みかん)を運んでいる最中に事故を起こし、蜜柑が道に散乱してしまって、売り物にならなくなったことがあったそうだ。そこで泰弘さんは、京都まで軽トラックを走らせて直売会を開き、島のことや農家さんのこと、そして事故に遭ってしまい、傷物になってしまったことを正直に話したら、即完売したという。

この体験を通じて、単に商品を売るのではなく、その背景や育てられた環境も含めて、きちんと語ることの必要性を感じた泰弘さんは、当時研修先だった農家を集め、特定非営利法人を設立して、都市圏への営業活動を積極的に行うことに。

その後2009年に株式会社ブルーレモンファームを立ち上げ、現在はレモン・蜜柑などの柑橘類やミニトマトなどの野菜を栽培するとともに、ジュースなどの商品化にも取り組んでいる。

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「会社勤めの時は計画を立てて、決められたルーティン通りにこなしたら、決まった結果が出るのが当たり前でした。しかし農業は、天候はもちろんのこと、例えば水をやるタイミングや量がちょっと違っただけで、全く異なる結果になってしまうので、常に先を読まなければなりません。ただその大変さも含めて農業の醍醐味ですし、また栽培から収穫、販売そして入金と、すべてのプロセスに関与することになるので、自分たち次第でいかようにもなることに、やりがいも感じています。」と奥さんの由希子さんは、農業の醍醐味をそう語る。

また古川さんご夫妻は現在上島町の移住促進にも関わっていて、就農体験の受け入れを始め、都市部での移住イベントにも先輩移住者として参加している。長坂一敏さんは、東京で開催された離島移住のイベントで泰弘さんと出会ったことがきっかけで、岩城島へ移住してきた一人だ。

「東京・四谷で居酒屋を経営していたのですが、太陽の下で汗をかきながら生きていきたいと次第に考えるようになりました。そして移住イベントで古川さんに出会ったのをきっかけに、まずはどんなところなのか上島町に来た時、この自然、そして人のやさしさに魅了され、移住を決意しました。実はこちらに来るまでは、妻は否定的でしたが、実際移住してきたら、妻の方が満喫しています(笑)。」(長坂さん)

 

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このように上島町では、新規就農者の受け入れを積極的に進めていて、20,30代の若者から早期退職したシニア層まで、幅広い年齢層が移住してきているという。

「ただ田舎で農業をしたいだけならば、日本全国至るところで出来ますが、上島町は『地場ならではのものを作りたい』『島暮らしをしたい』、その両方を兼ね備えた地域であることから、特にこの数年問い合わせが増えています。」と上島町 産業振興課の村上晴香さん(写真)は語る。

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そしてその多くは未経験者が多いことから、上島町では段階に応じた受け入れ施策を準備している。

1)  ワーキングホリデー
1週間の短期体験プログラム(農業体験3日間、島暮らし体験3日間)

2) お試し就業研修事業
20日間にわたって、柑橘・野菜栽培の中核農家で農業就業を体験

3) インターン
町が指定する農家にて、2年間にわたって作業実習しながら、就農ノウハウを身につける

さらに農業振興に向けて「上島町やる気ある農業活性化応援プロジェクト」という補助事業も用意されており、ビニールハウスや機械器具などの施設・設備の設置・拡充だったり、レモン・たまみ等の苗購入等だったりに利用できるため、インターンを経て独立する時はもちろん、独立後も用途や状況に応じて利用することが可能だ。

※支援内容や条件など、詳細は上島町ホームページをチェック
※1~3については、漁業でも同様のプログラムあり

また上島町は町内全域にインターネット網が整備されているので、「就農はもちろん、『農業×IT』など、新しいことに挑戦したいという人にとっても適していると思います。」と小林さんは語る。

 

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移住を検討するとき、島暮らしに憧れる人も多い。しかしいざ島で暮らそうと思ったら、文化・風習の違いはもちろん、交通や生活の便など、本土とは勝手が異なることも多く、相当の覚悟が必要だ。その点上島町は、島ならではの特長を味わいながら、便利さもそれなりに享受できる、希少な島と言えよう。

本州や四国からのアクセスが便利なので、まずは観光がてらに上島町に訪れてみると良い。きっとレモンの甘酸っぱい香り交じりの海風が迎えてくれるに違いない。

 

上島町ホームページ(定住促進) https://www.town.kamijima.lg.jp/soshiki/9/576.html

 

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古川優哉さん・藤巻光加さん

山梨県出身で、東京生活を経て、自給自足の生活を目標に上島町に移住してきた古川優哉さん・藤巻光加さんご夫妻に、移住までの経緯から現在の島暮らしに至るまで、ざっくばらんに語っていただきました。

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.簡単に生い立ちを教えてください。

(優哉さん)生まれは東京ですが、幼稚園の頃に山梨へ引っ越してからは、ずっと山梨で過ごしました。大学・大学院時代も、学校は東京だったのですが、実家から2時間半かけて通っていました。そして大学院卒業後は都内で暮らし、洋書の輸入販売店に勤めていました。

(光加さん)私は山梨県で生まれ、高校時代まで山梨で過ごしました。そして東京の大学に進学し、そのまま東京の会社で働いていました。

 

移住を考えるようになったのはいつ頃ですか?

(優哉さん)20代後半になり、お互いに東京での暮らしに少しずつ問題意識を持ち始めた時に、東日本大震災が起きました。そして食料をはじめ、ガス・水道・電気といったインフラなど、日々の生活がすべて大きなシステムに依存していることに疑問を持ちました。そこで、もっと地に足をつけた、自立した暮らしがしたいと考えて、移住を決断しました。

(光加さん)ただ、移住するとなると、仕事や家をどうするかという問題があるので、いろいろ調べて、地域おこし協力隊の制度を利用することにしました。そしてせっかく田舎で暮らすならば、海のそばが良いなということになり、候補地を絞った中に上島町がありました。

 

お二人とも隊員として赴任されたのですか?

(優哉さん)妻は隊員として赴任しましたが、移住した当初、私は無職でした(笑)。そこで就職活動を始めたのですが、たまたま知り合った方が地域活性のNPOをされていて、そこの事務局で雇ってもらえることになりました。

そして、その事務所の中庭で家庭菜園を始めたことをきっかけに、農業について調べるようになりました。栽培技術などはもちろんですが、それよりも、農薬をめぐる問題や種のこと、食を取り巻く問題などについて、今まで知らずに過ごしてきたことに気付かされ、これは自分がやるしかない、と思うようになりました。もともと頭にあった、自給自足という当初の目標にも、スムーズにつながりました。

 

具体的にどのようなことをやられているのですか?

(光加さん)ただ作って売るだけではなく、作った野菜を活用することも含めて、野菜の直接販売、自家農園で作った野菜を使った食堂、そして農家民宿の3つの事業をおこなっています。私も隊員の任期が満了しましたので、野菜生産は夫が、そして作った野菜の活用については私が担当しています。

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ボロボロだった民家を、地域の方の協力を仰ぎながらも、優哉さんが中心にリノベーションして作った自然派食堂&カフェ「食堂まるふ農園」。光加さんはデザインを担当した。

 

とは言え、島に来た当初は農業未経験だったのですよね?

(優哉さん)農業を始めるにあたり、近隣の農家さんのところで研修をさせてもらったり、助言をいただいたりしながら、教えてもらったことを基に、いろいろと試行錯誤しながら頑張っています。

 

それでは最後に上島町の魅力を教えてください。

(優哉さん)上島町は、海に囲まれて自然豊かな島らしさを残しつつ、意外とインフラが整備されていたり、周辺地域へのアクセスも確保されていたりするなど、もちろん都会ほどではないですが、日常生活するうえでの便利さと島らしさが両立しています。

田舎暮らし、それも離島になればなるほど、便利さを捨てざるを得ない面もあると思いますが、そういう意味では、ほど良く島暮らしが出来る、そんな地域だと思います。

(光加さん)その季節にしかできない仕事をし、その季節にしか味わえない味を味わう。そんな暮らしをこの島で堪能しています。

 

有難うございました。

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愛媛県の東北部、広島県境に位置し瀬戸内海のほぼ中央に浮かぶ上島町は、2004年10月1日に弓削町・生名村・岩城村・魚島村の4町村が合併して誕生した。

 

<アクセス>
広域航路では、今治~岩城~佐島~弓削~生名~広島県尾道市因島(土生)を結ぶ快速船、生名~三原を結ぶ高速船が就航。
また地域間航路としては、魚島~豊島~弓削~広島県尾道市因島(土生)を結ぶ公営渡船をはじめとして、広島県尾道市因島や生口島との間に民間フェリーが就航している。

<自然環境>

本町の面積は30.38平方キロメートル、気候は瀬戸内海特有の温暖な多照寡雨で、平均気温は15~16℃、年間降雨量1,000ミリメートル前後で、冬期にもほとんど積雪はない。周囲は、瀬戸内海国立公園区域に囲まれ、風光明媚な瀬戸の景勝拠点地である。

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一次産業が盛んであり、農業では柑橘類、特に岩城島は青いレモンの島で知られている。また漁業では鯛の漁場として知られ、マダイやヒラメの種苗生産もおこなわれているほか、昔から海苔の養殖が盛んで、近年は一部の業者が養殖のノウハウを生かして、定置網漁もおこなわれている。

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愛媛県上島町

  • 海がある
  • 山がある
  • 医療・福祉施設がある
  • 交流・体験・お試し制度がある
  • 農林水産業従事への支援がある
  • 育児支援がある
  • 生活支援がある
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