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甲信越・北陸
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まだ東京で起業してるの?(新潟県新潟市)

「本州の日本海側で唯一の政令指定都市はどこでしょうか?」

そう聞かれて、恐らく多くの人は「金沢市(石川県)」と答えるのではないだろうか?しかし、正解は新潟市である。

そして新潟市は、「移住はしたいが、あまり不便な生活は強いられたくない」、そんな人にぴったりの地域として、関心が高まっている。

<市街地と自然の近さ>
一口に“新潟市”と言っても8つの行政区に分かれており、もともとは2000年代に近隣14市町村が合併した経緯もあって、市街地、臨海地区、里山地区など、さまざまな顔を持っている。そして、市街地とそれぞれの地区は、車で数十分で行き来することが出来るとともに、公共交通としてバス網も整備されている。

新潟駅周辺部は、首都圏と変わらないほど商業機能が充実している。

新潟駅周辺部は、首都圏と変わらないほど商業機能が充実している。

また新潟と言えば雪を想像する人も多いと思うが、新潟市は日本海に面しているため、市街地をはじめ、沿岸部では、降雪はするものの、積雪することは年に数える程度だ。一方で、ウィンタースポーツを楽しみたいときは、車をすこし走らせるだけで、新潟県南部や長野県など、日本屈指のスキーエリアに行くことが可能だ。

<他都市への交通利便性>
新潟市は日本列島の南北のほぼ中心に位置し、市街地から新潟空港も近いため、北海道や九州をはじめ、また東京にも新幹線で最短1時間40分前後で出られるなど、国内の各都市へのアクセスが便利である。

 

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加えて最近は、“新たなチャレンジ”の場として、新潟市を選ぶ若者が増えているそうだ。

さもすると地方で起業する場合でも、発注元は都会の企業だったり、都会の消費者を対象にしたりするケースが多い。

一方、新潟市は政令指定都市として、現在約81万人の人口を擁しており、また多くの中小企業があることから、BtoB、BtoCのいずれにおいても、新潟市をはじめ周辺地域で、一つの商圏として成り立っている。かと言って東京のように、競合がひしめき合うわけでなければ、未参入の業種・業態も多いのが実情だ。

例えば、市内の企業に就職したことをきっかけに新潟市に移住してきた栗原悠祐さんは、その後同社は退職したものの、そのまま新潟市に残り、広告会社を立ち上げた。もともと「在職中に出会った人たちの役に立ちたい」というのが起業の想いだったので、その人たちがいる場所でやらなければ意味がなかったとのことだが、それだけでなく、実際に新潟市で暮らしてみて、不便さを感じなかったことも大きいと言う。

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栗原悠祐さん

「最近はECがあるので、田舎でも何でも手に入ると言いますが、新潟市ならば、ネットに頼らなくても、実店舗で大概のものは購入できます。また、都会ほど人との関係が希薄ではなく、かといって田舎ほど緊密でもないので、ほど良い距離感で人付き合いが出来るのも、心地良いですね。」

また面倒見が良い経営者が多く、若い人のチャレンジを応援してくれる雰囲気があると言う。

「お客様の多くは、実際に会って話がしたいと考えていらっしゃるので、地場を商圏にするほうが向いていますし、私もビジネスライクではなく、目の前の人が喜んでくれる、そしてその対価としてお金をいただくというほうが望ましいと考えているので、とてもやりやすいですね。」

なお栗原さんが利用しているコワーキングスペース「co-ba niigata seapoint」には、起業家やフリーランスが多く集まるので、日常的に情報交換が出来るほか、栗原さん自身も、移住者と地元住民による市民団体「ミチシルベ(新潟市移住者応援有志の会)」を主宰している。

コワーキングスペース「co-ba niigata seapoint」

コワーキングスペース「co-ba niigata seapoint」

「移住してきたばかりだと知り合いがいなくて、つらい想いをすることも多いと思います。私は入社した会社の同期に恵まれましたが、それはあくまで“たまたま”だったと思っています。偶然に任せるのではなく、移住してきた人たちが人間関係を作ることが出来、そして地域に溶け込むきっかけになるような場所を、きちんと用意しようという想いで始めました。」

「ミチシルベ」では、定期的にイベントを開くほか、同じ趣味同士の人たちで分科会的に集まったりもしているそうだ。

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また大阪府出身で、新潟で大学時代を過ごした中川雅之さんは、大学卒業後は家具職人を目指し、飛騨高山や京都、奈良で修業をしてきたが、最終的に新潟市に戻って独立した。現在は市街地にショールームを兼ねた店舗を、そして里山エリアの秋葉区に工房をそれぞれ構えている。

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中川雅之さん

独立の地として新潟市を選んだ理由として、中川さんも栗原さん同様に、“サイズ感”と“気質”を挙げた。

「大阪や東京などの都会は、自分の周囲以外は別世界のように感じますが、新潟市は市全体が身近に感じられます。また市街地には大半のお店が揃っていて便利ですし、車をちょっと走らせれば、海や山に気軽に行くことも出来ます。そしてそれなりに人口もいるので、商圏として十分成り立つなど、生活面・ビジネス面、どちらの面でもちょうど良いサイズだと思います。」

「また都会で何か始めたとしても、埋もれてしまうのがオチですが、こちらでは何か新しいことを始めると、周りが何かしらの反応をしてくれます。特にゼロからスタートする場合、一人では何もできず、周囲の協力や応援は不可欠ですので、その点でも新潟市は、やりやすい環境だと考えました。」

独立して5年経ったが、独立直後に周囲の協力があったからこそ、軌道に乗せることが出来、そして今まで続けてくることが出来たと、中川さんは話す。

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工房に隣接したショールーム

 

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またビジネス以外の分野でも、チャレンジしている人がいた。

福島県出身で、茨城や東京、山梨を経て、新潟市に移住してきた大室由佳さん。大学卒業後、1年ほど東京・世田谷のプレーパーク(※)でボランティアをしたことをきっかけに、自然のなかでの保育に対する関心が高まり、キャンプのインストラクターやキャンプ場の運営スタッフをしていた。

(※)プレーパーク
「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに、子どもたちの好奇心を大切にして、自由にやりたいことができる遊び場を作ろうというもので、ヨーロッパを中心に世界各地に広がっている。

新潟市に移住してからは、主にウェンディングプランナーとして働いていたが、里山エリアの秋葉区に「Akiha 森のようちえん」が出来ることを知り、まずは休日を利用して、ボランティアスタッフとして参加。その後ウェンディングプランナーを正式に退職し、現在は森のようちえんの保育士として働いている。

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大室由佳さん(右)

「新潟市は、海も川も里山も揃っているし、また雪も降るので、四季の移ろいを鮮明に感じることが出来ます。最近は全国各地に森のようちえんが増えてきましたが、これだけの要素が揃った環境は、そうそうないのではないでしょうか?」と大室さんは誇らしげに言う。

また、森のようちえんに通う子どもだけでなく、より多くの子どもたちにこの環境を体験してもらいたいという想いが募るなかで、プレーパークを思い出した。そこで森のようちえんの園長や自治会などの尽力のもと、行政も巻き込み、2016年に市立公園の一角に「Akiha マウンテンプレーパーク」が誕生。現在は森のようちえんに加えて、同プレーパークの運営にも精を出している。

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Akiha マウンテンプレーパーク

 

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最近、起業をはじめ、地方で新たな挑戦をしようと考える人が増えている。その一方で、今まで都会で暮らしていた人にとっては、中山間地など、いきなり都会とは異なる環境に飛び込むことに対して、「果たして暮らしていけるだろうか?」「果たして仕事は成り立つのだろうか?」と、二の足を踏むのも至極当然な想いだろう。

田舎で挑戦する若者がメディアで報道されることも増えているが、憧れだけで上手く行くほど甘いものではない。

そのようななかで新潟市は、都市機能と自然環境の両方を享受出来るとともに、商圏としても成り立っているため、地方で何か新しい挑戦をしたい、そんな人にとって、第一歩を踏み出しやすい地域と言えよう。

 

新潟市移住・定住情報サイト「HAPPYターン」 http://iju.niigata.jp/

栗原悠祐さん(栃木県出身)、鈴木博之さん(新潟県出身)

栗原悠祐さん(栃木県出身)、鈴木博之さん(新潟県出身)

 

まずは新潟市にいらっしゃっる(戻ってくる)までの経緯を教えてください。

(鈴木)もともと私は新潟市出身で、大学進学をきっかけに東京に出ました。その後、そのまま東京の会社に入社し、10数年勤めていました。

人事に異動して、社員にキャリアについて考えてもらう仕事をすることになったとき、翻って自分自身のキャリアについて考えると、必ずしも会社で働くことが自分のやりたいことではないと思うようになりました。さらに、そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら働いていた結果、体調を崩してしまい、しばらく休職をすることになってしまいました。

そこで本当にやりたいことは、地元である新潟を元気にすることだと考えて、Uターンすることにしました。

(栗原)栃木県宇都宮市で生まれ、小学校時代は東京で過ごした後、再び宇都宮市に移りました。そして当初は宇都宮の大学に入学したのですが、その後千葉の大学に再入学しました。卒業後は新潟市の企業に就職しましたが、2年半で退職し、新潟市でWEB広告会社を立ち上げました。

 

現在はどのようなことをされているのですか?

(鈴木)新潟はまだまだ新しいものが少なく、それらを生み出していくためには、どんどん起業を増やしていくのが良いのではないかと思っています。ただ東京のようにコワーキングスペースやシェアオフィスがあるわけではないので、起業家が集い、そして交流できる、そんな場を新潟市にも作りたいなと考えていました。

そんな時、何気なくこの海辺を歩いていると、10月だったこともあり、海の家が閉まっていることに気づきました。こんなに綺麗な光景が見られる場所なのに、閉まっているのはもったいないなと。

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コワーキングスペースの目の前には日本海が広がっている

そこで翌年、まずは夏の間、スタッフとしてこちらの海の家をお手伝いすることで、オーナーさんに私という人間を認めてもらい、そのうえで、コワーキングスペースとして利用させてもらえるように交渉しました。

そして仲間たちと一緒にリノベーションをし、2016年6月にコワーキングスペースとしてオープン。現在は20数名の起業家やフリーランスの方々に利用していただいています。

コワーキングスペース「co-ba niigata seapoint」

コワーキングスペース「co-ba niigata seapoint」

但し、特に起業家やフリーランスって「この人と仕事をしたい」「この人のために」という想いが強く、ただハコを用意しただけでは意味がありません。そこでイベントをやったり、飲み会を開いたりしながら、積極的に交流を図れるように工夫しています。

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(栗原)私は、もともとは産業廃棄物やバイオマスの将来性に惹かれて、その分野の会社を中心に就職活動し、最終的に入社を決めたのが新潟市の会社でした。当時まだその会社には技術系の部署が無かったものの、部署新設を予定しているという話だったので、それまでの間、まずは営業職として働いていました。

その時のお客さんの多くは、大工さんなど職人さんが多かったのですが、広告に関する知見が無い方が大半だったので、そこで会社に申請したうえで、副業としてそのお手伝いをするようになりました。

そのうちに、広告系の仕事を本業にしようと考えたのですが、ただ広告をやりたいわけではなく、大工さんたちの役に立ちたいという気持ちのほうが先でした。とは言え、大工さんを対象にした広告会社があるわけではないので、だったら自分で作ろうと考えて、起業することにしました。

 

なぜ新潟に残ろうと思ったのですか?

(栗原)もともと起業の想いが、「この人たちの役に立ちたい」ということだったので、その人たちがいる場所でやらなければ意味がありませんでした。また実際に新潟市で暮らしてみて、不便さを感じなかったことも大きいですね。

最近はECがあるので、田舎でも何でも手に入ると言いますが、新潟市ならば、ネットに頼らなくても、実店舗で大概のものは購入できます。また、都会ほど人との関係が希薄になることはなく、かといって田舎ほど緊密ではないので、ほど良い距離感で人付き合いが出来るのも心地良いですね。

都会では、学校だったり会社だったりなど、所属するコミュニティが人間関係の中心になってしまいますが、新潟では「場」をきっかけに、知り合いがどんどん増えていく感じですね。

以前はオフィスを借りていましたが、一人でいるといろいろ精神的につらいこともありました。しかし、こちらに入居してからは、同じ空間に人がいる安心感がありますし、いろいろと情報交換をしたり、さらには仕事につながったりもしています。

 

起業するうえで、新潟というのはどんな環境ですか?

(鈴木)都会ほどプレイヤーが多いわけでなければ、業種も細分化されているわけでもないので、スキルがあるのが前提ですが、比較的起業はしやすいと思いますね。

(栗原)また面倒見が良い経営者が多く、若い人のチャレンジを応援してくれる雰囲気がありますね。ただ逆に言うと、ビジネスライクではなく、人そのものを見られることになるので、人間関係を楽しめる人のほうが向いているでしょうね。

 

最近では「PC1台あればどこでも仕事が出来る」と地方移住したり、サテライトオフィスを開設したりするケースも増えていますが、一方でその多くは、都会の企業や消費者を顧客にしているように思われます。しかし新潟市は、事業者数も人口も一定数いるので、鈴木さん然り、栗原さん然り、地元を商圏に起業することも可能なのでしょうね。

(鈴木)そうですね、また東京をはじめ、他都市へのアクセスも良いので、地元だけでなく、都会を相手にすることも出来ますしね。

(栗原)私も「PC1台あればどこでも出来る」ことを仕事にしていますが、一方でお客様の多くは、実際に会って話がしたいと考えていらっしゃるので、地場を商圏にするのが向いていますし、私もそのほうが良いですね。ビジネスライクではなく、目の前の人が喜んでくれる、そしてその対価としてお金をいただくというほうが、やはり気持ちが良いですしね。

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それでは最後に一言ずつお願いいたします。

(鈴木)根底には、楽しいことをやりたいという想いがあります。しかし、一人では何もできません。そのようななかで、人と人がつながり、交わっていくことで、楽しいことが生まれ、そしてまた新しい仲間が増えていく。そんな流れを作っていきながら、新潟市という地域を盛り上げていければと思います。

(栗原)人それぞれ価値観が異なると思いますが、私は仕事だけでなく、家族との時間などプライベートもきちんと大事にしたいと考えていますし、新潟市はそういう人が多いような気がします。実際市内を歩いていても、東京のように疲れている人は少ないですしね(笑)。したがって、そんなことを求めている人にとっては、ぴったりの地域だと思います。

 

有難うございました。

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本州日本海側では初の政令指定都市である新潟市は、港、空港、新幹線、高速道路などの高度な都市機能を持つ一方、潟、川、海などの多様な水辺空間に代表される豊かな自然環境にも恵まれ、水田面積は国内最大を誇る。

 

<アクセス>
東京まで、新幹線で最短1時間40分前後、自動車(高速道路利用)で約3時間30分 / 約300km

 

<自然環境>
越後平野の中央部、信濃川・阿賀野川の河口に位置し、河川の流域には低湿な平野と数多くの潟が、また海岸線に沿って新潟海岸と新潟砂丘と呼ばれる砂丘が形成されている。
郊外には、湿田や潟を干拓した広大な水田が広がる一方、現在でも鳥屋野潟や佐潟、福島潟などの潟が残されている。

「新潟=雪国」のイメージが強いが、近くに大きな山がない新潟市は、雪は降っても積もることは年に数日程度であり、氷点下になる日も少ない。
また3月から10月にかけては、日照時間が東京を上回り、夏は晴れわたる、さわやかな天気が続く。

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1件甲信越・北陸
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新潟県新潟市

  • 夏が涼しい
  • 海がある
  • 山がある
  • 温泉を楽しめる
  • 交流・体験・お試し制度がある
  • 農林水産業従事への支援がある
  • 育児支援がある
  • 住宅支援がある
  • 起業支援がある
  • 就職・転職支援がある
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ルポ

まだ東京で起業してるの?(新潟県新潟市)

口コミ

1件
田舎すぎず都会すぎない街新潟市

政令指定都市ということもあり、様々な支援、補助金などが手厚なイメージがあるし、実際そのようです。田舎すぎず、都会すぎない規模感が住むには最適かなあと思います。

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